坂本の松尾に、上弦の月(右半分が輝いている月)の形をした不思議な岩がありま す。昔から土地の人々に「お月岩」と言い伝えられています。
昔、弘法大師さまが修行でこちらへ来られたとき、ここでお通夜(一晩中お祈りをす ること)をされたところと言われ、東の小谷を「通夜谷」と名づけられています。
戦国時代に、伊予の武将河野通豊が、土佐の長宗我部元親に攻められて戦死したの で、その子道春と道康は母とともに家臣に守られて、ある日の夕暮れ頃に杖立峠にた どり着きました。一休みして、あちらこちらを眺めていると、はるか西の方に一筋の 光が見えましたので、その光をたよりに疲れた足を引きずりながら、お月岩のところ にたどり着き一夜を明かしました。そして、坂本の松尾に住み着き、新居氏と名の り、世間をしのぶ弟の道康を黄檗に住まわせ、黄檗の鎮守さまに伊予大三島大明神の ご分霊をお招きしておまつりしました。
その後、道春の次男彦太夫が分家して、毎年旧暦の正月・3月・5月・7月・9月に 代々がまつりついでいます。
『勝浦のむかし話』より
※ 「お月岩」は、坂本字生実にあり、すぐ前には小さな建物が建てられており、東側に は通称「通夜谷」と呼ばれる小さな谷があります。
※ 坂本字夷名田には地蔵堂があり、この地蔵堂は、伊予の大豪族河野氏の子孫が、大 三島神社の分霊を奉じてまつっていたものと伝えられています。大正2年に坂本八幡 神社境内に移しました。