昔、坂本の長福寺に、たいそう豪胆な坊さんがいました。朝夕のお経をあげ仏様に おつかえする時とか、檀家の法事に行く時以外は、いつも裸でいましたから、村の人たちは「裸の上人さん」と呼んで尊敬し、そのゆったりとしたお腹の真ん中のおへそが 立派なので、みんな感心していました。
ある夏の日の午後、一天にわかにかき曇り、ピカッ、ゴロゴロと大夕立になりまし た。そのうち、ひときわ大きな音とともに、長福寺の庭の松の木に雷さんが落ちました。
裸の上人さんは「これは大変」と、急いで薬師堂の縁からのぞいてみると、雷の落ちた松の木の根本に、小さな太鼓を持ち、クルクルとかしこそうな可愛らしい目をした雷の子が立っているではありませんか。
裸の上人さんは「坊や、何でこのお寺などに落ちたんぞ。」と聞くと、雷の子は「お坊さんのおへそがあまりにもおいしそうなので、空の上からのぞいていて足を踏みはずして、雲のすきまから落ちてしまったの。」と言いました。
「そうか、そんなに好きなら、お寺には亡者(死人のこと)のおへそが壺にいっぱいある。おまえに食わしてやるから上がってこい。」と上人さんは雷の子をお寺の中に入れて、壺の中の亡者のへそをわけてやりました。雷の子は、そのへそをさもうまそうにムシャムシャと食べ、お腹が大きくなったのか眠ってしまいました。
そうして、その夜中頃に、ボトボトとお寺の戸をたたく音がします。
上人さんは「何事だろう、こんな夜中に。」と思いながら戸を開けてみると、昼間の雷の子のお母さんです。
「昼間は、子どもが大変失礼しました。いたずら坊やなので、上人さんのおへそを見て、おいしそうだなあ、ほしいなあと踊っていて、足をすべらせてこのお寺の松の木に落ちてしまったのです。どうかお許しくださいませ。」と言うと「いやあ、あまり可愛らしいので亡者のおへそをやったら、腹一杯食べて今は眠っているよ。」と、上人さんが言いました。
「上人さん、どうぞあの子を返してくださいませ。お願いします。このとおりです。」と、雷のお母さんは目にいっぱい涙をため、手をついて頼みました。上人さんが 「よしよし、返してやるよ。しかし、ここで一つの約束をしないか。そうすれば今すぐ連れて帰ってもいいよ。」と言いますと、雷のお母さんはたいそう喜んで「坊やさえ返してくれるなら、どんな約束でもいたします。」「そうか、ではこれから雷が鳴っても、坂本の村へは今後いっさい雷を落とさないと約束できるか。」と、上人さんが言うと「はい、きっとできます。
天上の雷の常会を開き、会の決議で今後いっさい坂本へは 落ちないと約束いたします。どうぞお願いします。」と、雷のお母さんが真剣に言うので、上人さんは雷の坊やを返してやりました。
そんなことがあってからは、坂本の村へはいっさい雷が落ちなくなったということです。
『勝浦の民話と伝説』より